小さな世界 第6 話


「へー、君には似合わない箱だね。彼女にでも貰ったのかい?」

随分少女趣味なんだね。
研究室の主は、箱に興味を持ったらしく、こちらの許可を得る前に手を伸ばした。

「ロイドさん、今日土曜ですよ?」

今日は休みだ。だが、この研究室の主たる教授は、え?と驚いたような声を上げた。

「ああ、今日は休みなのか。静かだと思ったんだよね」

静かな方が捗るからいいんだけどね。
流石研究馬鹿。土日だから休むと言う考えは無いらしい。
それに付き合っている助手のセシルは、苦笑しながらコーヒーを淹れてくれた。

「でも、本当に綺麗な箱ね。宝箱みたい」

こういう箱が好きなのだろうか。セシルは目をキラキラさせて、ロイドの手にある箱を眺めていた。

「宝箱じゃなくて、宝だろうね」

その言葉に、スザクとセシルは、え?と声を上げた。
いつになく真剣な表情で見ていたロイドは、箱に視線を向けたままガチャガチャと引き出しをあさった後、取り出したルーペでまじまじと箱を観察した。

「うん、多分間違いないな。この装飾につかわれている石、本物の天然石だね。早い話が宝石。この装飾の金削っていい?」
「え?ええ、どうぞ?」
「僕の鑑識眼が確かなら、かなり純度の高い金だと思うよ。表面にちりばめられているのも細かな宝石だね。まあこれはくず宝石だからどうでもいいけど。君、どこで盗んできたのさ?」

ロイドの言った内容が頭に入ってこず、僕は再び、え?と口にした。セシルも同じように茫然とロイドを見ている。

「だーかーら。僕の鑑識眼が狂って無ければ、まさに宝物なんだよ。でも僕はこの箱は実物はもちろん、本でも見た事無いんだよね。見た限りだと新しい物だから歴史的価値は無いだろうけど、いくらこの国の首相の息子、昔から続く古い家柄だとしても、いち学生が手にしていい物では無いんだよ」
「えええ?これ、そんなにすごいものなんですか?・・・捨てなくてよかった」
「捨てる所だったのか。ホント物の価値が解ってない人間は怖いよね。これ、酷い扱い方されたみたいであちこち傷がついてるけど、完品なら億は下らないよ」
「「億!?」」

予想外の桁にスザクとセシルは驚きの声を上げた。
このロイドは放蕩貴族だから物の価値を見る目はある。その上、この手の冗談を言う人物ではない。
スザクは思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「で、どうしたのこれ」
「今朝、ランニング中に川原で拾いました」
「拾った?落ちてたの?これが!?」

あり得ないよ!と、ロイドは声を荒げた。

「はあ」

だが、困ったように眉尻を下げたスザクの様子に嘘は無く、そもそもこんな物を盗んで堂々と持ち歩く人物ではないなと、ロイドは視線を再び箱に戻した。

「何処かから盗まれた物かな。川原って、今日雨酷いよね」

窓の外を見ながらロイドはそう尋ねた。
梅雨に入ったせいで連日雨が続いている。その上今日は豪雨と言っていいレベルで、普通に考えれば増水しているはずである。

「かなり増水してました。これを拾って5分ほどで川原にも水が入り込んでましたし」

予想通りの返事に、ロイドは頷いた。

「じゃあ、何処かから流れてきたのかなぁ。鍵も壊れてるみたいだし、これオルゴールみたいだけど、螺子も動かないし・・・傷はその時の物の可能性は高いね」

そう考えるなら、宝石が一つも欠けずについている事は奇跡だねえ。

「それ、分解しようかと思って持ってきたんですよ」

本来の目的を口にすると、ロイドは大きく首を振った。

「分解?駄目だよ駄目。持ち主が見つかるまでこのまま保管。見つからなかったら修理するのに分解してもいいけど、分解したことで弁償だって言われたら洒落にならないでしょ」

それもそうですね。と、スザクは分解する事を早々に諦めた。
万が一発信機がついていたとしても、ここなら問題は無いだろう。誰かが訪ねてきても、ロイドとセシルが今の話をしてくれる。

「それにしても、これって中に何か入ってた?」
「見ての通りです」

小人が入っていたとは流石に言えない。

「ふーん。何のための箱なんだろうねぇ。中はクッション材みたいだし、蓋にもクッションがついている。壊れ物でも入れてたのかなあ」

壊れ物。もしかしたらこの箱は彼のために用意されたものなのか?いや、あり得ない。彼は命を狙われていると言ったのだ。
彼のために用意された棺?
縁起でもない。

「まあ、持ち主が見つかれば解るか。セシル君、明日にでも専門家呼んでくれる?」
「解りました」

そう言うと、箱は布に包まれ、厳重に金庫の中へ保管された。

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